フォード

フォードを思うと、日本のTOYOTAを連想します。

ヘンリー・フォードにとって車とは、一体なんだったのだろうかと考えるんですよ。

カール・ベンツは自動車の生みの親と言われ、育ての親がヘンリー・フォンダと呼ばれているのですが、本当に育ての親なのか?と思うのです。

「車社会の育ての親」であったことは間違い無いのですが、ヘンリー・フォードにとって「みんながクルマに乗る社会」の構築を夢見ても、車そのものへの思慕はなかったのではないかと思うのです。

また「誰のことも信じていなかった」ヘンリー・フォードの経営方針は、とても偏狭的でした。

アメリカを走る車の半分がT型フォードになっても、車の色は黒だけという合理主義を貫こうとします。

デザイン性やクレジットの導入などを頑なに拒み続けるフォードは、ことごとく息子と衝突するのです。

労働組合の設立も、強く反対していました。

労働組合を認めることは妥協であり、それをするぐらいならば会社を閉めるとまで言い出すのです。

また強固な反ユダヤ主義者でしたから、ヒムラーやヒトラーから「偉大な男」と称されるのです。

ナチスドイツから勲章まで受けました。

しかしその後フォードは反ユダヤ主義の記事を書いたこともないなどと言い出し、ごちゃごちゃあったわけですが、反ユダヤ主義によってフォードの売上が落ちたり立場が怪しくなってことによって踵を返しただけなのではないかと思われるフシもあります。

実際にアメリカが参戦する前は、ナチスドイツに対して軍需品を提供(取引)し続けるなど、問題が多い人物なのです。

TOYOTAを連想するのは、そういう偏狭さではなく、「車がすきで作っている会社ではないんだろうなぁ」とぼんやり無責任に思っているだけです。

フィットシャトルハイブリッド値引き額

フォード・サンダーバード

とは言え、サンダーバードは気に入って乗っていました。

第7世代トリノバーズ。

白にグリーンのラインが入り、緑のレザーでベンチシート、白のハンドルにコラムという「そのもの」といった車でした。

ガソリンをダダ流しして走っているような車で、実に困りモノ。

学生だったので、この車に食べさせるためだけにバイトをしている気分になっていました。

ついでにそのころ暴力団の構想が激しかったことで、なにかといえば警察に停められる、怖い人から停められるという全く心安らかなドライブが出来ない日常だったわけです。

ついでに見も知らぬ人から「この車を借金のカタに持ってく」と言われ、「いやいやこれはちゃんとディーラー中古車だよん。名義も変えてるよん。」と所有を主張しなければならないという憂き目にも会いました。

多分同じ車の人がどっかに逃げたんでしょうね。

それを見かけた借金取りが「この車だ」と思ったのでしょうが、実に遺憾です。

取り回しなどがいいわけもなく、またとても高慢ちきな車だったので、半年で売り飛ばしました。

というか何を血迷って買ったのか、未だに思い出せません。

そのお金でハチロクを買って帰りました。

ハチロクを散々乗りつぶした後MR2に乗り換え、フェアレディZの重さにヘキヘキして、後は欧州車と軽トラの二台持ちです。。。